今年は試練の年でした。 ― 2019/12/07 22:15
振り返ってみれば、2018年5月よりご無沙汰しているこのブログ、1年以上過ぎてしまいました。
去年(2018年)の10月、突然の病院からの連絡で、すぐ来院してほしいと連絡がありました。急いで出かけてみると、とりあえず、内視鏡検査で、異常あり。
大病院を紹介しますのでそちらに行って下さい、との事。
再び、その大病院で、内視鏡検査、CT検査の後、告げられたのは、まず、内視鏡手術が必要です。しかし、少し難しい手術のため、結果によっては開腹再手術が必要です、と言われました。2月に内視鏡手術。
が、しかし、再手術の必要性を説かれ、担当科と担当医が変わり、2か月後、開腹手術。
2回の入院で合わせて、50日の入院生活。今年は年初から、5月ごろまでヒヤヒヤ、バタバタの試練に満ちた年でした。
やっとこの頃、平穏な毎日に戻り、作業場で畑仕事をしたり、ドロンを飛ばしたりの毎日を過ごすようになりました。
ソーラーパネルを、小さく使う ― 2019/12/10 15:58
原発の事故後、自然エネルギーの推進が叫ばれ、一気に広まったソーラー発電。
近所にも、屋根の上にソーラーパネルを敷き詰め、また、作業場(鶯谷)の隣地にもやや大規模なソーラー発電基地が完成し、世間は自然エネルギーの方向へ進んでいるようです。
太陽の恵みを電力に変換し、ソーラー発電による電力を何に利用するか?
友人にすすめたのが、別荘の室内湿気除去のための換気扇。
太陽が昇ればその電力で、家屋の数か所に設置された換気扇が回転し、室内の空気を排出し、湿気を取り除くというもの。
外壁、数か所に穴を開け、換気扇はパソコンに使用されている中古品などを寄せ集め、その制作のエネルギーに感心していましたが、完成後、確かに湿気の状態が改善されたということを聞き、ほっと胸をなでおろしたところです。
私も、我が家のトイレにちょっとソーラーパネル。もともとトイレは小部屋です。夏は西日があたり暑い、暑い。落ち着いて大きい方が出来ません。
せめて、空気を入れ替えるだけでも、暑さが緩和されるのでは。
そこで、夏、車内の温度上昇を緩和するため、車の窓枠に取付けるソーラー発電式の換気扇のようなものを改造し、トイレの窓枠に嵌め込みました。大分、温度上昇が緩和されたように感じます。
外側のソーラパネルの取付状態です。
いつも、お天道様に真正面(1) ― 2019/12/14 12:30
昨今の自然エネルギーの太陽光発電は、活用されていない土地を求めて、どんな所へも進出しています。
小さな島にも上陸して、資金ある人々は、土地があれば太陽光発電用地として、どこでも買いあさる風潮が強まっています。これだけ全国に広がっていくと、色々な所でトラブルも起きているようです。
このような世間の風潮のなかで、違う角度から、ソーラー発電に取り組んでみようと考えました。それは、「いつも、お天道様に向かって真正面」を向いているソーラーパネルの制作です。入院前から、少しづつ取り組んでいたものです。
インターネットネットで発見した下図の電子回路図に、ヒントがありました。
前々から、大抵のソーラーパネルは、屋根や広大な土地に固定しておかれ、太陽は、朝、昇るとき、横から照らし、少しづつ上昇することによって、昼頃には、パネル正面、そして、夕方にかけてまた、逆の横から照らすという構造ことになっています。
調べてみるとやはり、真正面にあてた方が、発電効率がよく、真偽は分かりませんが、
1.5倍から2倍などという数値も出ています。既に、産業界ではこの特質を考慮して、ソーラーパネルを太陽に、常時、向ける装置が開発され、販売されています。
アマチュアでは、小さな装置しか作れないので、せめて、テレビが見れる発電兼、蓄電システムを制作しようと始めました。以下が概略図面です。
上下動(チルト運動)のための半円の板と、それを支える3つのプーリー、回転動(パン運動)のための基台に取付けた大きな歯車です。これでパネルの傾斜角度と左右の方向が変えられます。
(つづく)
たぶん、最終的に行き着いたもの ― 2019/12/17 18:35
小さな時から、模型づくりが好きで、紙鉄砲、ゴム鉄砲、竹とんぼ、竹馬。そして、「小学生」など月刊誌の付録のペーパークラフト、「模型とラジオ」誌で紹介された紙と細木で作った金閣寺、はじめて、プラモデルというものを作成したのが「伊号潜水艦」、また、当時最新のOゲージの鉄道模型「新幹線こだま」など、作ることが大好きで、いろいろなものを制作してきました。
そして、15歳の時だと思うのですが、「ラジコン技術」1961年夏号創刊号が発売されました。
本屋で発見した時、待ちに待った本が出版されたと、飛び上がるほど嬉しかったことを思い出します。その本を隅から隅まで読んで、飛行機を、数台作って、飛ばしては壊し、飛ばしては壊しの中、高校時代だったと思います。その頃は、送、受信機は、小さな真空管が使われていて、電池も積層の60数ボルトで、短時間しか使えなかったものでした。ラダーなどの舵を動かすものはエスケープメントというゴムの戻りを動力として、電磁石で制御するもので、舵はパタンパタンと同角度で動くものでした。
なかなか、思い通りに飛ばすのは難しいものでした。
その後、高校を卒業して、就職し、仕事もモノづくりの職場なので趣味の延長のような感じで働いていたように思います。
今、70ウン歳になり、やっと、最終的に何を求め続けていたのか?と考えてみたとき、鳥になりたかったのではないか。
ラジコン飛行機を作り、ある機会に実機の小型セスナ機の乗ったり、ハングライダーの講習会参加、鳥の目になるために凧にカメラを装着して飛ばしてみたり (放送局の取材受ける) 高所撮影機材制作も。
しかしながら、昨今の技術の進歩の速度の速さ。そして、メカトロニクスというか、ハードとソフトのドッキングで、自動で動く機械器具のその多さ。とりわけ、気になる「ドロン時代到来」という全く新しい産業の勃興。 専門家集団がグループでモノづくりに挑む時代であると感じます。
私も遅ればせながら、この技術の結晶であるドロンの世界にも足を踏み入れようと考えています。
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